なぜ、こんなに不便で不合理な着物が、今も日本から消えずに存在しているのか?」
私は常々、自分自身に、そして関わるすべての人にこう問いかけています。
効率や利便性がすべてを支配する今の時代において、
着物はあまりにも時代の潮流に逆らっています。
高価であり、着るには習熟が必要で、手入れにも手間がかかる。
合理性だけで考えるなら、着物はとうの昔に博物館の中だけのものになっていたはずです。
それでも、着物は消えませんでした。
それは、日本人がどれほど便利さを追い求めても、心の奥底では
「手間をかけることでしか得られない愛着」や「目に見えない想いを纏う誇り」を、決して捨て去ることができなかったからです。
着物は、単なる衣服ではありません。
一反の絹に込められた職人の執念、親が子を想う慈しみ、そして季節の移ろいを愛でる日本人の精神性……。
着物が残っている理由は、私たち日本人が、自分たちが何者であるかという「心」の最後の一線を、着物という形を借りて守り続けてきたからに他なりません。
小林呉服店が60余年、この伏見で続けてこられたのは、
その「心」を大切にされるお客様に支えられてきたからです。
不便さを「粋」に変え、不合理を「ゆとり」に変える、日本人の美しい生き方そのものです。
初めて絹の重みを感じ、鏡の中の自分に息を呑むとき。
その瞬間、日本人が数百年受け継いできた「感動」が再生されます。
私たちは、この素晴らしい「心の文化」をつないでいきたいと思っています。